日記・コラム・つぶやき

2011年6月11日 (土)

心に響く 村上春樹氏の言葉

ariesの友人Tが教えてくれた毎日新聞に掲載された村上春樹氏の言葉。9日のスペインのカタルーニャ国際賞授賞式で配布された作家村上春樹さんの受賞スピーチの原稿全文です。
真直ぐ心に届くメッセージ。
連日のもういい加減聞き飽き、あきれるばかりの政治家達のもっともらしい言葉とは大違いです。

2つに分割されてネットに掲載されています。・・・とリンクを貼ったのですが最近(2011年9月現在)元のデータがもうなかった。。。ので

そのままアップいたします。。。長いけれど是非ご一読をshine

「非現実的な夢想家として」

 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、 一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それ で手間取ってしまった。

 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとって も、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に 思います。

 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。
 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しまし た。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲にな り、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷た い海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多く が家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取 られた人々も数多くおられたはずです。

 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台 風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列 島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を 営んでいるようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の 大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が 襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下 型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆ るものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている 世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとん ど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のこと であるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなりま す。

 どうしてか?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びま す。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美し さの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、あ る意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも 影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやっ て長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できま す。

 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたか らといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共 存していくしかありません。

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それ らはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵 えられる、というものではないからです。
 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放 射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそ れを広範囲に運びます。

 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されていま す。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶこ とにもなりそうです。

 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定してい なかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを 真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったから です。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。

 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういう ところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機 によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことは しません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡く なっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの 人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度 と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。
 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」
 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々 は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出し たという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。そ れをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆 弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているの です。

 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。
 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイル ショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディア を買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足り なくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本 で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていき ます。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。
 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北 でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなり ません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失 敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」
 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。
 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。
 「大統領、私の両手は血にまみれています」
 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」
 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。
 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったので す。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられ た、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだった のです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして 社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安 易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事 になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかか ります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くよう に、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉 とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であ るはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日 本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅び ていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅び たものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も 我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、 話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世 界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのよう に、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢 を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。
 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神 のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過して きた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」と いう名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか 死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなり ません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのよ うな機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。

(バルセロナ共同)

2011年3月22日 (火)

ひとり・ひとりの願いが大きな力に

東日本大震災から10日あまり。

この度の大震災によりお亡くなりになった方々に
謹んで哀悼の意を表します。

また未曾有の被害に遭遇しながらも
懸命に日々過ごしている被災者の皆様、
そしてそのご家族の皆様に
心より深くお見舞い申し上げます。


この12日間、日本中で、いえ世界で
この被害の大きさに誰もが心を痛め
そして、それぞれが自分に出来る事で
被災地の方々の力になりたいと行動しています。

その私達ひとりひとりの願いが、大きな一つの力になり
日々懸命に過ごしている方々に届く事を願っています。

被災地の一日も早い復旧と復興を心より祈念しております。

flair「芝居を読む」更新しています。

2011年3月 7日 (月)

春と冬が行ったり来たり。。。

ご無沙汰しておりました。

六番目の羊ですaries

先週だったかその前だったか・・・春一番が吹き
昨日も割と暖かい一日だったのに
今日は打って変わって雪まで降りsnow寒かったですねぇ〜wobbly

三寒四温というものの、こんな風に季節が行ったり来たりすると
風邪をひいてもおかしくないですね。。。
周りでも喉がガラガラして困ってるって人結構いますが
その殆どは、実は風邪じゃなく花粉ではないかと思いますが。

私も花粉症で毎年ホントにこの季節辛い思いをしているのですが
目・鼻・地肌・耳穴(?!)に加え、今年は更に喉もやられています。
イガイガ&ガラガラ状態。最悪です。

私は舞台に立つ人間ではないですが、
役者さん達は、この季節どう乗り越えるのでしょうか?
舞台でセリフの途中にクシャミが出そうになったり
洟水がツツゥ〜と出たりしないのかしらん?

って変な事を気にしながらこの季節は舞台観ているワタシaries

最後に山下悟氏&高木由起子氏よりメッセージ。。。。

先週末に上演されていた『火垂るの墓』そして『猫を待つ女』に
お越し頂きました皆さま、ありがとうございましたheart04

との事デスshine

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「芝居を読む」に参加されている方は
お知らせをアップしておりますので、参加者のページをご覧下さい。

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2010年10月 8日 (金)

面白かった!

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upwardleftウェブページに、『メリーさんの羊』公演の詳細情報をアップheart04是非ご覧下さいaries

shineupwardleftYou can get some information about the stage  in English. See ”ウェブページ

shine携帯の方は>phoneto コチラ!

shineFor Mobile Phonephoneto ☞ Please Click!

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昨夜は紀伊国屋ホールで、演劇集団円の芝居を観てきましたshine

"シーンズ フロム ザ ビッグピクチュアー"

Photo

とても面白かったデス!
円の役者陣の層の厚さを再確認sign03

皆さんそれぞれに個性が活かされて魅力的で、
virgo(六番目の羊)はグイグイと引込まれてしまいましたshine
千秋楽は10日の日曜日デス。

お時間のある方は、まだお席もある様なので是非heart04

演劇集団円HP → Click!  

shineそして11月は、メリーさんの羊ariesお忘れなく note

2010年9月15日 (水)

こゆび侍観てきました

upwardleftウェブページに、『メリーさんの羊』公演の詳細情報をアップheart04
是非ご覧下さいaries

shineupwardleftYou can get some information about the stage  in English. See ”ウェブページ” 

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こんにちはsign01六番目の羊ですaries
今日も暑いですねぇ〜。
東京は聞くところによると昨日よりも暑いとか...。
35度6度は当たり前になってしまった今年の夏
東京は、いえ日本は一体どうなってしまうのでしょうか???

昨日私・六番目の羊は、本日同様ギラギラした陽射しの中、
友人のY君が出演している芝居

”Sea on a Spoon"〜すくわれるための、ひとすくい〜
というこゆび侍の公演を王子小劇場で観てきました。

これが、この猛暑・激暑のなか出かけて行って損がない・・・というより
それ以上に、観てよかった!と思える作品で
暑さも忘れ足取り軽い帰り道でしたwink

でも実は最初、物語の設定に「ンンン・・・ちょ〜っと、キビシい・・・カモ」デシタ。
ところがです!徐々に設定よりも彼らの発する言葉や行動の負の部分がチラチラと見え隠れしながら、生々しく嘘なく描かれていた事もありチラリ気になる部分はあるものの、いつの間にかグイグイ引込まれて感じでしっかり見入っておりました。
恐るべしこゆび侍

メリーさんの羊は、また別のテイストですが
目の前に確かにいる男1と男2の会話が一体何なのか・・・
そして机の上に広がる世界は・・・と別役さんの創り上げる世界に静かにゆっくりでも確かに呑込まれていく様な・・・そんな感じです。


芝居はやっぱり劇場の中でしか味わえない臨場感というものがありますので、
まだご覧頂いていない方は是非一度劇場にいらして下さいませ
heart04
そしてすでに何回も観て頂いている方は、またご自身とこの作品と切っても切れない関係を深めて頂ければ幸いですshine

2009年6月 1日 (月)

休眠中といえば休眠中なのだけど・・・

2009年5月『メリーさんの羊』の公演情報 & アレコレは
各カテゴリー/最近の記事/バックナンバーでCheck!

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こんばんはnight
しばらく『休眠』とご報告しながら、またアップしてますwink
そして、ちょとシンプルなデザインに変えてみましたshine

5月10日千秋楽を迎え翌日に「来年まで休眠します」と
宣言したものの、やたら気になるものですね。
さらにアクセス状況など見ると、日々数人の方に来て
頂いている事もあり、来年までの休眠は難しいかもcoldsweats01

と云う訳で「メリーさんの羊」を離れて、また時々っていうか・・・気がつくとポツpig・・・ポツリaries・・・ポツcapricornus・・・と
何か書いているのね、のブログになっているかもしれません。

「メリーさんの羊」が気になって来て下さる皆様、
作品とは関係のない私のつぶやきが多くなると思われますが、
しばらくはお許しくださいませ。。。

とは言っても、「メリーさんの羊を上演する会」のメンバーの活動などご報告できたらと思っていますmemoshine

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2009年4月28日 (火)

風のセールスマン

公演情報

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昨夜、別役氏の新作『風のセールスマン』の初日公演を観てきました。

柄本明氏の一人芝居で上演時間は1時間30分。

そうなのです『一人芝居』ゆえ、柄本さんはその舞台で

膨大なセリフをしゃべり、歩き、動き・・・ect..sprinkle

Photo

公演中の芝居の中味を語るのは、野暮なので・・・hairsalonCutcancer

でも一言・・・

”目に心に焼きつく芝居”でしたshine

5月1日まで紀伊国屋ホールにて上演です。

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さて、『メリーさんの羊』は・・・5月5日〜10日デス。お忘れなくheart04

2009年4月27日 (月)

記憶する脳

公演情報

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人間の記憶する力という事がちょっと気になりネットで調べてみたら

記憶は大きく3つに分類されるとありました。

それらは感覚記憶、短期記憶、長期記憶と呼ばれていて

それぞれに特徴がある様です。そしてそこには

更に細かく分類された記憶の種類があり

よくこんな風に分けて考える事ができるものだなぁ〜と

その道のエキスパート達には感心するばかりの私は

それら詳細を読み進むのは断念。ただ気になったのは

長期記憶について。

Wikipediaによると

《長期記憶の忘却の原因については、減衰説と干渉説、さらに検索失敗説が存在する。
減衰説とは、時間の経過とともに記憶が失われていくという説である。
干渉説とは、ある記憶が他の記憶と干渉を起こすことによって記憶が失われていくという説である。
検索失敗説とは、想起の失敗は記憶された情報自体が消失しているのではなく、適切な検索手がかりが見つからないため、記憶内の情報にアクセスできないこと によるという説である。》

とあります。

一生忘れたくても忘れられない記憶がある一方

思い出したくても思い出せない記憶ってありますよね。

一生懸命に何だっけあれはいつだっけ・・・など

思い出せないと、時にはイライラする事さえあります。

そしてそれらは思わぬ時にパッと鮮明に出てくる事も。

そんな事から私は、なんとなく検索失敗説というのが特別な病気にかかっている場合を除くと、ほとんど場合はコレにあたるのではと感じます。

様々な顔を持つ記憶達は平等に脳のどこかで眠っていると思うのです。

それにしても脳ってすごいなぁ。。。。

《忘却しない限り、死ぬまで保持される。 長期記憶を蓄える貯蔵庫を長期記憶貯蔵(LTS)と呼ぶ。》ーWikipediaー

2009年4月20日 (月)

汽笛の音

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私は一度も汽車というものに乗った事はないのですが
あの汽笛の音を聞くと何故か郷愁を覚えます。何故でしょう。不思議です。
でも私と同じ様な感覚であの音を聞く方って結構いるのではないでしょうか。

以前も書いたのですが、今回の模型機関車の姿は
何回観ても聞いてもあの音には心を揺さぶられます。
ものを言わない物や草花、そして言葉での会話ができない
動物たちと時に深く自分とつながっているなぁって感じる心って何なのでしょう。

20代の頃に写真家の土門拳さんの写真に魅せられて
奈良の室生寺というお寺に一人旅に出かけた時も
お寺まで続く道を登っていく途中にある木々の懐の深さ、やさしさに
包まれているという実感と共にそういう時間を持てた幸せを感じました。
知らない土地で一人で歩きながら得た充実感は今でも大きな宝物です。

『メリーさんの羊』の模型機関車も、とてもやさしいです。
芝居は全てが誰かの手によって作り出されたものであり
ましてや模型機関車は言ってしまえば様々なパーツを組み合わせただけの物ですよね。
なのに、何でだろうかと思う程そこには心を感じます。
時々、人とあって話しているのに「あぁ、この人の心はここにない」とか
人としての何かが欠けていると感じる事もあると云うのに・・・。

2009年4月13日 (月)

今日は折り込みへ

公演情報

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今日は制作の高木さんと

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                                    (※写真No.1)

女1を演じるみな子さんと

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                                    (※写真No.2)

ワタシ

6_2

の三人で

Photo_6

チラシの折り込みに行ってきました。

終了後は、みな子さんのお宅でお茶cafe

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※写真の猫さんはみな子さん家のマリンちゃん(写真No.1)とヤスダ君(写真No.2)